“ばーば”の記念会に よせて

    もう、あれから7ヶ月が過ぎようとしています。 如何お過ごしでしたでしょうか?今日、お目にかかるを得ましたから 喜んでいます。 〇君 卒業おめでとう! 〇ちゃん 進級おめでとう! あなた方の笑顔と、成長が、 お爺ちゃん、ご両親、伯母様、、この私を含めて 皆さんをどんなに元気付け、励まていることでしょう! 大きくなりました、、、、ネ!!! 居てくれて有り難う!!! “ ばーば”のお友達 東京から いらしたでしょうか、、?  私は、皆様とお話したいと言う思いと、 お目にかかったとしても、涙をながすばかりでお慰めにはならないと言う思いとの 狭間で、この7ヶ月間 ほんの数えるだけしか お訪ね出来なくて居りました。 
実は、 “ばーば”に引き続いて、この半年に満たな間に、十指に余る人達を主は 私から取られました。  心がダウンしてしまって、泣いてばかり、、、、思いが弱くて、お訪ね出来ませんでした。  御免なさい。  が 折に触れ、メールで、お話をさせて頂きましたこと、ありがとうございました。 感謝しております。 私の方が励ましていただきました。
  今日は、イースター =主イエスの蘇りを記念する日です。四旬節、受難週と「主イエスの死と復活」に心を潜めて御前に自分を吟味し、主イエスのみ苦しみ、また 栄光である十字架を思い、神のご計画の奇しさ、ご愛 あわれみ、聖さ、真実を思いつつ歩ませて戴いて参りました。
あなたがたは、各種の日と月と季節と年とを守っています。あなたがたのために私の労したことは、むだだったのではないか、と私はあなたがたのことを案じています。(ガラ4:10-11)
とパウロは言います。 そのような意味ではなく、キリスト者として=イエス・キリストのみを信じる者として 今日の記念日を 大切に思っています。 私は、宗教ではなく、真理である主イエス様だけに目を留めて 神が主権をもって地境、時代を決め、即ち 日本、現在、今皆さんとご一緒に集わせて下さっている:置いてくださって居る此処で過ごさせていただき、感謝です。 
“ばーば”と 何度も何度も この様な日を共に過ごすことを赦されて来ました。   が、、、今年は、彼女の姿はここにありません。 あの笑顔を見ることが出来ない、あの声が聴けない どうしようもなく寂しいのですね!
 ☆ちゃん! 『“ばーば”はどこに居るの』 と訊いてくれましたね。 私はキリスト教信者ではなく、キリストを信じる者として ルカの福音書16章にあるように“ばーば”はアブラハムの懐に抱かれて 安らいでいらっしゃると 信じています。
人の肉:体魂=知情意に 目を置くと 殆ど同じところは有りません。体は異なった特徴を戴いているので、見ればすぐ誰か分かります、、、知識(恵)、感情、意思に至っては千差万別、同じ人でも時々刻々変ります。 この様に異なる二人〔“ばーば”と私〕が あんなに長く 益々親しくさせて頂く事を得たか、、、、、彼女と私が二人して「一つになろうよ」 と相談しわけでも、意見の摺り合わせをした訳けでもないのです。主イエスの御霊が私たちのうちに住まって (注°①)くださっているから、一つ御霊を飲ん(注°②)で 霊が一つにされたからなのです。  イエス様のいのちを河川として湧き上がらせていただいて、その水を流し合い 浸し合い 潤し合うようにしてくださった(注°③)から、共に み言葉を読み 共に賛美し 共に食し得たのです。 彼女が 眠れない、 食べられない頃は。。。。りんご酢の飲み物を作って、彼女はプリン(のことが多かった) 私はおにぎりやバナナ、 それが私たちのお昼でした。 お爺ちゃんのそうめん、美味しい差し入れのこともありました。。。。普通は  み言葉を読み、祈って賛美して、イエスさまの話で終わりでした。 が、時々 例のあの笑顔で 孫たち(あなた方)の話し、、ご主人が優しくしてたとか、娘が働き過ぎだとか、長女が専門職として立派に働いて居る  などなど、、、。 ある時は「何もしたくない、出来ない自分は要らない者でしょう」、、「お荷物でしょう」、、と言ったり、「 貴女みたいな極楽トンボ、、、」とも。 元気な時は、自慢の孫を我が家まで車で連れて来て、一緒に勉強したり  私が足を傷めたとき、「何やってんのよ!ドジ、、、」と見舞ってくださったこともりありました、、、、、、。  話し出せば 思い出話しは尽きません。
“ばーば”は、今 この世にはありません が、アブラハムの懐で憩い、イエス様が再び来られると(注°④)起こされて わたしたちは、再び会うことが出来るのです。この希望と確信と、向こうにある喜びは、イエス様から来ます。 (注°⑤)イエス様以外からは来ないのです。
再び“ばーば”に会うためにも “ばーば”が信じたイエス様をより深く知るためにも、天のお父さまの み前に出て、主イエスのみ手にすがり、救い主キリスト・イエスと親しくお話させて戴こうではありませんか!

天のお父様 !!!
今、この時 ばーばの記念会を行う時を備えてくだり、 あなたが集わせてくださったお人たちに イエス様のお話しをさせていただくことを得ました。心から ありがたく思い 感謝致します。 聞いてくださったお一人お一人に イエス様ご自身が、届いて下さり、ご愛と祝福を給わり、 癒し主、慰め主、救い主、愛、聖、義、真理、いのち、、、全てのすべてであるご自身を現わしてくださいますように、、、すべてを信じ、お委ねし、愛するイエス様のみ名によって、お祈り申します。   アーメン!!!!!!!!
(注°①)あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたと共に住み、あなた方の」うちにおられるからです。(ヨハ 14:17b)
(注°②)つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシャ人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊を飲ませてもらったのです。(Ⅰコリント 12:13)
(注°③) わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、いける水の川々が流れ出るようになる。(ヨハネ 7:38)
(注°④)Ⅰテサロニケ 
(注°⑤)この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。(使途4:12)

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